久しぶりに「Guruji」をパラパラと読み直しました
・・・読むたびに、毎回心に響くコメントや言葉などが違うのですよ。
自分の年齢や練習状態や心の置き所によって、ピンポイントで変わってくるものなのでしょうかねぇ。
既にパラパラと読むという程度では、4回以上繰り返していますが、毎回「あれ?こんな素敵な言葉を前回スルーしてたの?」ってくらい、紙の本で読んでいたら、毎回違うところに線を引いて色とりどり間違いなし、、、の状態です。(電子媒体で良かった・・・)
今の自分には、David Swenson先生の寄稿文がジンワリ響く文章でした。
一度しか直接お会いしたことないのですが、Youtubeを何度も見たりして、勝手にお慕いしております(‘ω’)。
何がすごいって、、、アウトプット力よ。
難しい、表現しにくいような感覚や思考を、上手な例えで私のような素人にも分かりやすく語り掛ける技術力。
既にアシュタンガ界ではレジェントとして、誰でも知っている有名な先生。
パタビジョイス師の元で研鑽し、今でも海外で多くのWSをして指導を続けていらっしゃいます。
シャラ―ト師が引き継いでからCertifiedという肩書は無くなりましたが、文章から深い知識と経験と、それを伝える言葉の力を感じます。
「オレンジを食べる時に、オレンジを食べて得られる栄養によってどんなことが起こるのか、というような些細なことも理解している化学者になる必要がありますか?それとも、オレンジを食べるだけでそこから栄養を摂取できるでしょうか?」
↑
私、今コレ。
ヨーガ哲学を全部を理解するのは、今の私には無理だと思います。
それでもアシュタンガのプラクティスを通して、自然と色々な恩恵を受けているのは、まさにコレでしょうね~。
分からなくても良いから、型通りやってみる。(その奥の恩恵は自然とついてくるかもしれませんね~♪)
「素晴らしい練習をしているからと言って、その人が素晴らしい先生になるとは限りません。マイケル・ジョーダンは偉大なバスケットボール選手でしたが、コーチにはなっていません。」
「練習をせずに教えていると枯渇してしまいます。言う事がなくなり、ただの仕事になってしまうのです」
↑
これも分かります・・・柔軟な人や体の使い方が上手な人=立派な先生・・・ではないですよね。
指導者に向き不向きかは別問題・・・という考えに同意しちゃいます。
自分の練習をちゃんと重ねている先生が良いな、やっぱり。
先生という立場になる事が如何に難しいか、人を指導する立場になって知る・・・というところですね。
その他、
食べ物に関しても練習を続けていると段々と気づくことがあれば、そうすれば良いし、
練習も週5-6日出来なくても、太陽礼拝とフィニッシングだけでも継続しましょうと言っています。
ヨガはツールという定義をハッキリおっしゃっています。
なので、ヨガ(プラクティス)をするのが目的ではなく、それをツールとしてどのように生きていくかが大切。
頭の後ろに足が掛けられる事より、マットを離れた時間でも人や物にレスペクトをもって接する方が人生にとっては大切なのですヨ。
そうだ、そうだ、カポなんて、、、忘れてしまえ(←悪魔の囁き)。
あんなもん、、、暴動起こしてセカンドから抜いてくれないかしら・・・(横暴甚だしい)
、、、と思うエゴで文章を読み進めると、こうもおっしゃっています。
「ヨガの学びというのは、達成しようとする努力の中にあるのであって、身体の柔軟性などの結果にあるのではありません」
・・・ショボン(´・ω・`)
例え出来なくても、、、抹殺するのではなく(←コラ)、努力はしないとね。
そこにヨガのエッセンスがあるのですね。
寄稿文の最後に、こうもおっしゃています。
(これまた締めくくりが良いので、引用しちゃいます)
練習を進めましょう、一生練習です。
自分の呼吸に集中し、アーサナが出来るかどうかは気にしないで。
アーサナが出来なくて打ちのめされた気分になったら、練習を変えてください。
システムが悪いという意味ではありません。
ツールの使い方を変える、一生かけてこれを続けていく方法を模索するという事です。
自分の人生を楽しんで。がんばってヨギーになりましょう。
つまり、自分の存在によって、世界を少しでも良くしましょう。
更年期の今、段々と老化していく体と向き合い、少しずつ折り合いをつけながら練習している私にはピッタリなお言葉♡
・・・でもね、実際David先生のYoutubeのアーサナみたら、スゴイのよ。
音で表現するならば、ビュンっ!スパッ!シュッ!! (そして静寂・・・・)
アーサナなんて出来なくても関係ないよ~と言いながら、先生はバリバリMAX美しいアーサナ、、、、パラドクスかよっ(苦笑)
恐らく、あれだけ極めたからこそ・・・のコメントかもしれません (´-ω-`)
ずっとヘナチョコなままだけど、、、それでも良いような気がしてきます。
練習を継続してきて、色々更年期やら年齢的なアレコレで練習との向き合い方を変えていかなきゃいけないお年頃の方は、、、このDavid先生の寄稿文の全文読んで欲しいです♡。
紙の本は800ページ以上もあって、、、持ってるだけで筋トレになります(笑)。
電子媒体であれば、どこでも持ち運び自由で、気ままに読めますのよ (・´з`・)
他の有名なプラクティショナーの方がも沢山寄稿しているので、アシュタンガの創世記ともいうべき時代の色々が感じられて、同じことをしている自分と、時代も年齢もレベルも違うけれども、僅かながらもレジェント達とのつながりを感じられる読み応えのある一冊です。
夏休みの読書感想文の本として、是非!!(800ページ読んでいるうちに来年の夏になりそう・・・)
何度も読み返すと、その時の自分に合う色々な言葉や表現に出会えるので、これからもちょくちょく引っ張りだして読み返そうと思っています。